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アストルティア10周年
(1) 出会い~Ver.2まで

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10周年ありがとう!

2012年8月2日Wii版からスタートした「ドラゴンクエストX オンライン」は、無事に本日10周年を迎えることができました。

まずは、この素晴らしい世界を築き、10年に渡り育て続けてくださったドラクエ10スタッフの皆様、そして現在はドラクエ10の制作からは離れておられる元スタッフの皆様に、心からの「ありがとう!」を申し上げます。

そして、わたしと同じくアストルティアを冒険するみなさま
10周年おめでとう!
わたしたちのアストルティアは永遠に不滅!
10年なんて通過点にすぎない!
だけどまずは祝おう!イエイ!!

ということで、ちょっとハイテンションで書き始めましたが、わたしとドラクエ10の出会い各バージョンの思い出、そしてこれからに分けて、書いていきたいと思います。本当は8/2の午前0時に、全編どかん!とアップするつもりで書き進めていたのですが、とんでもない長文になりそうなことと、このペースで書いていると、8/2に間に合わない!ということが判明しましたので、8/2、8/12、8/22の3回に分けて公開することにしましたw

この「アストルティア10周年」の記事では、過去バージョンの振り返りを行う過程で、一部ボスキャラクターの写真などを使用します。一部ストーリーの内容、ボスの名称など、Ver.5範囲までのネタバレとなる可能性がありますので、どうぞご注意ください。

ドラクエ10との出会い

このサイトでは何度か書いていることの繰り返しになりますが、わたし(の中の人)が、初めてドラクエ10をプレイしたのは、2013年7月に参加したWindows版ベータテストでした。当時、Wiiを持っていなかったことと、オンラインのドラクエには否定的な考えを持っていたことから、発売から1年は見送っていたのです。

10年経った今となっては、もはや初期プレイヤーに近い立ち位置ではあるものの、決して「発売日組」ではありません。サービス開始当初のアストルティアを体験できなかったのは、非常に残念ではありますが、オンラインのドラクエを体験すらせずに、思い込みから否定的な目で見ていたことへのバチが当たったのだと思っていますw

オンラインのドラクエに否定的だったわたしが、ドラクエ10のベータテストに参加することにしたのは、偶然が重なったことによるものです。運命のいたずらですねw

その当時、Windows XP 搭載のPCを長年使っていたのですが、翌年にはサポート終了を迎えるということで、ちょうどPCの買い替えを検討している時期でした。当時のわたしには、PCでゲームをするという発想が全くなかったので、Windows 8 が入った5万円くらいのノートPCを購入しました。シンプルにネットが使えればOK程度のチョイスでした。

2013年のWindows版発売当初は、対応OSが「Windows Vista 以上」でした。2022年7月時点では「Windows 8.1 以上」が対応OSとなっています。

参考リンク: Windows版『ドラゴンクエストX オンライン』のはじめかた「プレイに必要な環境」(冒険者の広場)

わたしも幼少期はいろいろなゲームを遊んでいましたが、ある程度の年齢になってからは、遊ぶゲームはほぼドラクエシリーズのみになっていました。逆にいえば、それ以外のゲームを遊ぶことがほとんどないので、その当時持っていた現役のゲーム機は3DSくらい。それで2013年に発売された、リメイク版のドラクエ7を遊んでいた、というより、ドラクエ7を遊ぶために3DSを買ったという方が正しいです。

そのドラクエ7をクリアした時期のことでした。ドラクエシリーズは、わりと長時間かけてがっつりと楽しむので、クリアした頃は軽いドラクエロスみたいな気分になります。そんな頃、ドラクエ10のWindows版が発売されることと、そのベータテストが開始されたというネットニュースを偶然、目にしたのです。そのとき、もし Windows XP のPCを使用していれば、対応OSではないため、またもやスルーしていたことでしょう。ところが手元には、購入したばかりの Windows 8 搭載PCがあります。

まあ、どうせすぐに飽きるだろうけど、ベータテストっていうから、対応PCも買ったことだし、ちょっとだけ試してみようかな?

こんな軽い気持ちで、ドラクエ10の世界へ足を踏み入れたのでした。

ゲーム用途を考慮していないので、そのノートPCは決してスペックの良いものではありません。しかもゲームパッドも持っていません。キーボード操作で始めたのですが、頭の中で思い描いていた「オンラインゲーム」と全く異なり、そこに表示されたゲーム画面はドラクエそのものでした。そして低スペックPCにもかかわらず、動きがカクカクするようなこともありませんでした。

さすがにVer.6現在、そのノートPCで遊ぶのは無理があると思いますが、少なくともVer.1~3の時点ではサクサク動いていました。Ver.3の途中で現在のゲーミングPCを購入したので、それ以降はゲーム用途として使っていません。というより、Windows 10 にアップグレードしたら、すべての操作が激重となり、放置状態ですw

2004年、PS2で発売されたドラクエ8は、これまたわたしが非常に夢中になったドラクエシリーズ作品でした。それまでは2等身だったキャラが等身大になり、どこまでも広がるマップ自由自在に駆け抜けていく。画面が3Dになったことで、それまでとは全く異なる操作性のはずなのに、ちゃんとドラクエしているという、ちょっとした衝撃をわたしに与えました。

それから9年経って、同じような衝撃を再び受けることになります。画面の雰囲気はドラクエ8に近く、そしてオンラインになってもちゃんとドラクエしているのです。

問題はキーボード操作で、他のPCゲームなどで慣れている方なら問題ないのかもしれませんが、わたしは全く慣れなかったので、すぐにゲームパッドを買いに走りました。

そこからはもう完全にのめりこみましたね。ベータテスト実施日は、平日でも1日5時間くらい遊んでいました。この時のベータテストはフェーズが何回かに分かれていて、ベータテストが実施されない期間もあり、ベータテスト終了から先行体験版がリリースされるまでは、半月ほどの空白期間があったのです。インできない期間は本当にウズウズしっぱなしでしたね。ベータテストにして早くも禁断症状がw

そして、2013年9月12日に先行体験版がリリースされました。レベル制限などはあるものの、製品版と同じ環境で、製品版にそのまま引き継がれるキャラクターで冒険できるようになったこの日を、わたしたち一家が正式にアストルティアへ降り立った日としています。

現在の「無料体験版」は、かなり制限が緩和されていて、ストーリーもVer.2の終盤まで遊ぶことが出来ますが、当時の「先行体験版」は、レベル上限は20で、住宅村や魔法の迷宮にも行けないなど、かなり制限の厳しいものでした。とはいえ、Ver.1範囲のフィールドなら基本的にどこへでも行けたので、ベータテストでは行けなかったカミハルムイ領南などにも足を踏み入れるなど、それなりに楽しく遊べていた2週間でした。

わたし(ルナクル)のキャラクターが誕生したのは、さらにその翌年1月10日Wii U 購入後)のことです。これは大昔の記事でも書いたことがありますが、Wii U の購入により2垢プレイを始めるため、元々のアカウントから、主要キャラを新しいアカウントに引っ越しさせることにしたのです。その「引っ越し先」には、適当な新キャラを作っておく必要があり、それで誕生した「適当な新キャラ」こそ、ルナクルでした。つまり最初は完全にサブキャラとして誕生したわけで、こうやって一家を代表するブロガー&ぶいちゅーばーになるなんて、まるっきり考えてもいませんでしたw

Ver.1期間の思い出

先行体験版でプレイできるようになった頃、アストルティアはVer.1.5前期の時代でした。この頃はれっきとした後発組Twitterで情報を集めたり、いろんな先輩冒険者さんたちをフォローしたりして、少しずつ交流を広げていきました。その時点では、わたし(ルナクル)は影も形もありませんので、その当時メインで使っていた別のアカウントでの話になります。

最初に誕生したのはエルフつき兄です。その当時、いにしえからのドラクエシリーズを遊んできたわたしは、主役としてはなんとなく男性キャラクターを選ぶことが多かったのですが、おしゃれ要素が多いドラクエ10などでは、個人的には女性キャラクターの方が楽しい!ということに気づいてしまい、現在に至っています。

最初のメインキャラはつき兄でした
最初のメインキャラはつき兄でした

とはいえ、わずか4日後の9月16日には、早くもどわこあかり姉が誕生しています。あかり姉はベータテスト時代に2番目のキャラとして誕生していましたし、まだおしゃれ要素にまでは覚醒していなかったものの、すでにどわこのかわいさには目覚めていましたから、先行体験版に転生するのは必定だったといえるでしょうw

あかり姉は、ちゃっかりベータテスト参加特典(メイジドラキー帽子)を着用w
あかり姉は、ちゃっかりベータテスト参加特典(メイジドラキー帽子)を着用w

9月26日にWindows版が発売となり、晴れて体験版プレイヤーから正式な冒険者になるのですが、その3日前急病で倒れました。病名はなんとなく伏せますが、命にかかわることはないもののとんでもなく痛い病気です。お察しください

結局、年末に手術入院することが決まるのですが、退院後1ヶ月くらいまでは、鎮痛剤で痛みを止めながらアストルティアを冒険していたわけです。だからVer.1時代を振り返ると、その激痛の記憶切っても切れない関係にあります。つらし!w

Ver.1時代は、ベータテスト時代に知り合って、Twitterで交流を続けながら製品版での再会を約束していたフレンドさんたちと、よく遊んでいました。その1人が、Windows版が発売するとほぼ同時に、突如Wiiを3台買い込み、いきなり4垢プレイを始めたのです。ものすごい情熱でしたが、1年も経たないうちに(だったと思います)あっさりと引退していきました。最初から気合いを入れて猛ダッシュした結果、息切れして燃え尽きたんですかね…w

現在、Windows版では、1台のPCで4アカウントまでの同時起動が可能ですが、それに正式対応したのは、2014年2月27日、Ver.2.1前期のアップデート以降です。Ver.1時代に複数アカウントでプレイするためには、複数台のPCまたはWii/Wii Uを用意するか、仮想OSを起動するなどの特殊な方法をとる必要があったのではないかと思われます。

今は比較的レベルを上げる手段も多く、新規で始めたプレイヤーさんも、ストーリーなど先行プレイヤーに追いつきやすくなっていますが、当時はエンゼルスライム帽すらありませんでしたし、メタル迷宮招待券なんてものもありません。毎日必死でレベルを上げて、金策して…という情熱的なプレイヤーなら、わりと早く追いついたのかもしれませんが、今も昔もわたしたち一家はのんびり勢ですし、ストーリー以外にもやることは山のようにありましたから、つき兄が冥王を倒したのも11月25日の夜(エンディングを観たのは日付が変わって26日)でした。12月5日にはVer.2が発売となりますから、なんとかギリギリ間に合わせたという感じですねw

この段階ではまだ取れてないキーエンブレムもありました
この段階ではまだ取れてないキーエンブレムもありました

Ver.1時代の思い出といいますか、印象的なのは月が赤かったことですかね。これは「神話篇」に関連するものだったそうで、Ver.1.3の期間限定クエスト「狂える赤き月」で、そのことへの言及があったらしいのですが、Ver.1.5から冒険を始めたプレイヤーがそんな事情を知っているはずもなく、アストルティアの月は赤いものなんだと、ふつうに思い込んでいました。

一時期、アストルティアの月は赤かったのです
一時期、アストルティアの月は赤かったのです

今では季節イベント以外で、特定の期間しかプレイできないクエストというものはありませんが、「神話篇」にはそれがあったんですね。そもそも「神話篇」全体が期間限定として作られたものでした。それが途中で路線変更となったため、今でもガケっぷち村は滅んだままです。

厳密にはそのプレイヤーキャラクターが、落陽の草原に入った瞬間に滅ぼされるのですが、わたしを含めてVer.1.4以降に冒険を始めたプレイヤーは、ちゃんと「ガケっぷち村」が村として存在していた時期を知らないままなのです。「神話篇」の受注前&受注中、クリア後でマップを分ければ、復興できなくもないと思うんですが、今さらやらないでしょうね…w

そして11月29日、3番目のキャラとして、プクリポピリカ兄が誕生しているのですが、なんとキャラメイク当日の写真すら見当たりませんでした。冒険日誌によれば、旅芸人Lv3にした後、翌年6月24日まで完全放置されていたようですw

イイプクの日(11/29)生まれというだけの理由で誕生w
イイプクの日(11/29)生まれというだけの理由で誕生w

わたしたちにとって、Ver.1時代は9月12日~12月4日という、わずか3ヶ月弱しかありませんでした。その3ヶ月弱の期間で、それまで1年以上にわたってアップデートされてきた全てを体験するなど、とても無理な話でした。初代ディレクターの藤澤仁さんにしても、開発初期~退任されるまでに携わられた仕事の全貌を、その3ヶ月弱で把握するなんてできるわけもなく、その偉業をはっきりと認識したのは退任された後だったと思います。返す返すも惜しいことをしたものですw

今でこそドラクエ10のスタッフさんにも多少は詳しくなったわたしですが、それまでドラクエシリーズは好きだったものの、特にゲーム雑誌を読むわけでもない、れっきとした非ゲーマーだったので、ドラクエ9までは、堀井雄二さん鳥山明さんすぎやまこういちさん、というビッグ3を除き、ドラクエシリーズに関わったスタッフさんをそこまできちんと把握していたわけではありません。あとは初期のプログラマーに中村光一さんがいた、というくらいの知識でした。

ドラクエ10の関連書籍におけるインタビューや、DQXTV等を通じて、スタッフさんの人となりや、手掛けてこられた仕事を知っていった、という感じですね。もともと好きなアニメのスタッフさんのことを調べたりするのは好きでしたし、「作り手」への興味を持ちやすい性格なのですが、ゲームにおいては、そこまで関心が大きくはなかったということですね。今では関心ありまくりですけどねw

Ver.2期間の思い出

先日、あかり姉が人気ブログ「ぽって部!」のぽってさんとお話ししていて、その中で「りっきー世代」というワードが飛び出しました。わたしたち一家は前述した通り、Windows版からドラクエ10の世界にいるので、スタートした時点でのディレクターは藤澤さんなのですが、実際に就任から退任までのすべてを見届けたディレクターは、りっきーこと齋藤力さんが最初です。「昭和末期生まれの平成世代」に似た感覚として、わたしも「りっきー世代」と言えるのではないでしょうか!←

ぽってさんご自身は、2018年7月1日の記事で「ドラクエ10を始めて約3年半」と書かれているため、2015年初頭の冒険開始と思われます。まさにりっきー世代ど真ん中です。

※追記:2022/8/2 配信の「ぽっての部室」で「2014年の10月の半ばくらい」との発言がありました。わたしたち一家と約1年差ですが、ほぼ同世代ってことで←

そして、2013年12月5日、Ver.2「眠れる勇者と導きの盟友」が発売され、冒険の舞台はレンダーシア大陸へと大きく広がります。

アルバムを探したのですが、どうもレンダーシアへ渡った頃の、つき兄の写真が見つかりません。写真を撮るのも忘れて、夢中でストーリーを進めていたのかもしれませんし、やり残したVer.1時代のキーエンブレムを取ったり、サブクエストを進めていたのかもしれません。12月下旬に入院する際、ノートPCを持ち込んでずっとドラクエ10をやっていたのですが(とんでもない患者ですがw)、そのとき、復讐鬼ガガイと苦闘していた記憶もあります。ランガーオ村の外伝クエストに登場するボスですね。

12月のアルバムを見ると、コインボス(アトラス、バズズなど)と戦う前の写真であったり、あとはあかり姉のバトルと関係のない写真が急増しているんですね。これは完全にどわこ愛が覚醒しつつありますねw

めっちゃうれしそうw
めっちゃうれしそうw

2014年に入って Wii Uを購入し、1月10日に4番目のキャラとしてわたしが誕生するのですが、その日に写真すら撮らずに放置というのは、完全にピリカ兄のケースと同じですw

つき兄がわたしのいるアカウントへお引っ越しして、その頃からあかり姉の育成が本格化しています。2月26日にはあかり姉も冥王を倒し、3月1日にはレンダーシアへ渡っています。わたしが、あかり姉の付き添いを得ながら、少しずつストーリーを進め始めたのもこの頃でした。

わたしのストーリーを手伝ってもらってました
わたしのストーリーを手伝ってもらってました

Ver.2時代が始まってしばらくは、あくまでつき兄がメインとして、あかり姉やわたしは完全にサブキャラ扱いでした。それが変化していくのは、あかり姉がドワ子集会の常連になっていったことが大きいでしょう。つき兄&あかり姉と共通のフレンドさんから、どっちがメインかわからなくなってきたと言われ始めたりもしましたねw

ドワ子集会に参加するにつれ、フレさんも増えていきました
ドワ子集会に参加するにつれ、フレさんも増えていきました

一方、わたし・ルナクルは、7月5日に人間姿に戻っています。

人間姿に戻って、あかり姉と七夕の里へ
人間姿に戻って、あかり姉と七夕の里へ

この頃に突然、わたしの中で何かがイオグランデしたようです←

めちゃんこかわいい魔界アイドルどわこちゃん・ぽぽちさん作詞、セフィミントさん作曲の歌が元ネタですw おふたりとも、あかり姉のかけがえのないフレンドさんです。
※動画は配信元の都合により非公開化または削除されることがあります。

ウェディ姿のわたしに、どうも違和感があったのでしょう。見た目の良い、悪いではなく、わたしの分身として、わたし自身のキャラメイクしたウェディ姿が、今ひとつしっくり来なかったのだと思います。

人間姿になった途端、ああ、これがわたしだ!みたいな、パズルがぴったりハマった感覚といいますか。そこから、停滞していたわたしの育成が急ピッチで進むことになり、わたしの写真もどんどん増えていきます。未来のブロガー&ぶいちゅーばー爆誕です←

どわこのかわいさと、また別ベクトルで目覚めたのでしょうw
どわこのかわいさと、また別ベクトルで目覚めたのでしょうw

そして7月中には、このサイトには何度か登場している、えるこスピカちゃんのほか、オーガ男女プク子ウェディ男どわおさんという、6人のサブキャラ一挙に誕生しています。おそらく元々は、畑か倉庫が目的だと思われますが、スピカちゃん以外は、2022年現在も冥王を倒すか倒さないかという程度の進行状況ですねw

9月には3DS版発売と同時に、2人目のどわこ・いろはちゃんが誕生。ここで3垢となります。そして、3DS版の無料期間が終わると同時にWindows版を新規購入し、わたしがその3垢目へお引っ越しすることになります。この頃には既に、あかり姉とつき兄はダブルメインみたいな扱いになっていましたが、わたしも3番目のメインキャラとなる準備に入った感じですね。

3DS時代のいろはちゃん
3DS時代のいろはちゃん

Ver.2の思い出というより、うちが4垢に至る軌跡みたいな内容になってきましたが、改めて振り返るとびっくりですね。まさか、わずか1年ほどで3垢11キャラになってるとは!w

これだけ大量にキャラメイクしたのはここまでで、次は2016年11月、3人目どわこうずらちゃんの誕生を待つことになりますが、そこは次回ですねw

この項の冒頭で「りっきー世代」とか書きながら、全くりっきー時代の内容に触れていなかった気もするので、最後にちょこっと触れておきたいと思いますw

開発・運営だより -第22号-」で、2014年6月20日に放送された「ドラゴンクエストX TV ver.2」の「ディレクター夜話」の内容がまとめられていたので、そこを振り返ってみましょう。いい具合にまとめられてて助かったとか言いませんよ?←

最初の「とくぎバランス」の話ですが、りっきー時代は思い切った強化や強いとくぎ、必殺技が登場して、強すぎた!となって弱体修正が入るというパターン、そこそこあったような気がします。わたしたち一家はバトル勢ではないので、実のところそこまで気にしていなかったりするのですがw

住宅村利便性格差」については、あったあった!って感じですね。今でこそ旅人バザーも統合されていますが、それはVer.2.4後期のことで、かなり長い間、旅人バザーは大陸別でした。ここ数年の間に冒険を始めた方は信じられないかもしれませんが、当時はグレンの旅人バザーと、オルフェアの旅人バザーでは、出品されているものも価格も全く別だったのです。

サーバー(データベース)への負荷を考慮して、そう設計していたらしいのですが、実質的にはオーグリード大陸でしか売買が行われないような状況となっていて、他の大陸では欲しいものが売っていないというのが日常茶飯事でした。ということは、住宅村もグレン一強という時代で、中でも利便性の高い草原地区は、新しい丁目を販売開始と同時にほぼ完売、というようなことが頻繁に起きていました。住宅村のエリアによってバザーがない地区もありましたし、今では住宅村から出るルートはいっぱいありますが、当時は閉鎖されている道も多かったのです。出口近くは町へ出るのに良いけれど、遠くだと非常にアクセスしづらいなど、このあたりが住宅村格差問題ですね。

そのあたりの問題を把握し、改善策を検討し始めたのが、りっきー時代の初期でした。そして、Ver.3期間までには、ほとんどの住宅村の問題点は解決されていきました。とはいえ、住宅村の利便性については、今も非常に差があります。グレン草原は当時の名残りもあって今でも人気地区ですが、景観は良いものの階段だらけのジュレット白亜とか、引っかかって歩きづらいガタラ水没とか、その辺はなかなか人を選ぶといいますか、そこに住みたいと思う人が少ない地区もあって、ほとんどゴーストタウンと化している丁目も多いですね。

所持品いっぱい問題、これも今に続く問題でもあるのですが、りっきー時代は、今よりさらに技術的な制約が大きかったので、当時テクニカルディレクターだった青山さんともども、あの手この手で改善を進めていった印象がありますね。今でもそうびぶくろ、どうぐかばん、枠が足りない!となりますが、装備もアイテム種類も、増えることはあっても減ることはないので、この問題は今後もずっと続いていくでしょうね…

わりと多くのアクセスを頂いている記事「大型アップデートの歴史」でも、りっきー時代については触れましたが、歴代ディレクターの中で最も苦労されたのは、おそらくりっきーだったのではないかと、わたしは思っています。もちろん、藤澤さんや安西さんが楽をしているという意味では決してありませんよw

運営で見ると藤澤時代は1年ちょっとですが、実際には開発初期から10年以上?ですか。途中で吉田直樹さんに代理をしてもらいつつも、ドラクエ10のディレクションを続けて来られてきたわけですから、藤澤さんが苦労していないはずがありません。ドラクエ10というゲームのコンセプト、基礎を作ったのは、間違いなく藤澤さんです。しかしながら、実際にサービスが開始したからこそ明らかになった問題もいっぱいあるわけです。その全てを1年ちょっとの運営期間で解決できるはずもなく、大量の課題の積み残しが後任のりっきーに託されたわけですよね。

過去のアップデート情報で、Ver.2~3期間に実装されたコンテンツ、改善された課題点を見ていくと、ものすごいボリュームだと気付かされます。今、快適に遊べるようになっている、その基礎的な部分は、りっきー時代に改修されたものも多いのです。りっきーが、ご自身の退任について語った中には、Ver.4のロードマップを作ろうとしたけど何も浮かばなかった、という趣旨の発言がありましたが、そりゃこれだけ燃え上がった4年間ですから、ドラクエ10に対して燃え尽きない方が不思議なくらいです。

りっきー時代の総括みたいな話になってしまいましたが、りっきー時代のお話は始まったばかりです。次回、Ver.3~の思い出を語っていきます!

Ver.2時代終盤はこんな髪型でしたw
Ver.2時代終盤はこんな髪型でしたw

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※次回は2022年8月12日(金) 0:00に公開予定です。

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